新型タバコのリスクについて、兵庫医科大学 医学部 歯科口腔外科学講座 准教授 野口一馬先生から特別寄稿文を頂きました。是非ご一読ください。

新型タバコ(加熱式タバコ・電子タバコ)の発癌リスクについて考える

兵庫医科大学 医学部 歯科口腔外科学講座
野 口 一 馬

はじめに

小生は、日常臨床では口腔癌を含む口腔腫瘍の診断・治療を行っており、基礎研究では口腔癌の発癌・治療抵抗性に関わる遺伝子やエピジェネティックな変化について解析を行ってきた。口腔発癌において喫煙が大きな原因となっていることに異論はない。しかし、新型タバコの出現により喫煙について大きなイメージの変化があり、喫煙に対するハードルが下がってしまった印象がある。つまり加熱式タバコ、電子タバコは従来の紙巻きタバコと比べて「健康的」で「体に対して害がない」と勘違いしている人が多いのである。小生が所属する日本口腔腫瘍学会では特に日本で多く使用されている加熱式タバコは紙巻きタバコと同様に発癌の可能性がある注意喚起を行っている。

新しいタバコの現状−加熱式タバコと電子タバコについて−

日本では加熱式タバコとして IQOS(アイコス)や glo(グロー)、Ploom TECH(プルーム・テック)といった加熱式タバコが急速に普及している 1)。加熱式タバコと電子タバコは、日本ではタバコの葉を用いるか否かであり、タバコの葉を使っているのが加熱式タバコ、使っていないのが電子タバコであり、加熱式タバコはたばこ事業法におけるタバコとして扱われる。加熱式タバコはタバコ葉に直接火をつけるのでなく、タバコ葉に熱を加えてニコチンなどを含んだエアロゾルを発生させる新型タバコであり、アイコスやグローはタバコ葉を含むスティックを240~350℃に加熱し、エアロゾルを吸引させる。プルーム・テックは粉末状のタバコ葉を含むカプセルにグリセロールやプロピレングリコールなどの溶液を加熱してエアロゾルを発生させ、吸引させる仕組みである。

一方で、電子タバコは吸引機に容器を入れ、コイルで巻いた加熱器で熱し、発生したエアロゾルを吸引するのだが、溶液にはニコチンや果物の匂いを含んだ人工香料、グリセロールやプロピレングリコールなどを含む。日本ではニコチン入り電子タバコは薬機法(旧薬事法)により禁止されており、現状の電子タバコは消費者製品として扱われ、販売は業界における自主規制であり、未成年でも購入できる状態となっている。さらに個人が使用する目的で海外から輸入することについては違法ではなく、未成年者のニコチン摂取が社会問題となっている。
本邦では加熱式タバコの中でもアイコスが最も普及している 1)。アイコスは2014年に日本とイタリアで発売開始となり、2019年では世界の40カ国以上で販売されている。海外ではアイコスの販売は一部の都市に限られており、日本は世界で初めて全国的に自由に購入できる初めての国になった。その結果、日本はアイコスの世界シェアの70%を占めており、世界からは「日本は加熱式タバコの実験場」となっている現状がある。

日本の喫煙率は成人の20%程度と言われている。今、加熱式タバコが問題となっているのは、購入や使用のアクセスの容易さと使用者の数である。これまでも2003年にガムタバコ、2010〜2013年に嗅ぎタバコが発売されたが、さほど大きな問題とはならなかった。これは消費者に受け入れられなかったことにある。ところが新型タバコは消費者に受け入れられ、その使用者は年々増加している。さらに電子タバコは子供へのアクセスも容易になっており、この問題の深刻さが伺われる。

加熱式タバコと紙巻きタバコの違い−新型タバコは紙巻きタバコより健康に良い?−

初めにデータを提示したい。表1は内山ら 2)が一定の喫煙条件下で計測した加熱式タバコ・電子タバコと紙巻きタバコから検出される化学物質の量を比較したものである。

加熱式タバコから発生する化学物質を紙巻きタバコと比較するとプロピレングリコール、グリセロールなどを除いて一般的に少ない。紙巻きタバコと比較して加熱式タバコで多く検出される成分としてプロピレングリコール、グリセロール(別名 グリセリン)がある。プロピレングリコールやグリセロールなどは食品添加物であり、人体への悪影響は少ない、という意見があるが、これはあくまで「食品添加物として」であって、加熱したグリセロールが柔らかい組織である肺への影響は未知で、さらに熱分解によって有害な物質が発生する可能性もある。人類の歴史の中で新型タバコを利用した結果、これほど多量のグリセロールやプロピレングリコールを気道・肺胞内部に取り込み、コーティングすることはなかった。現在言われている COPD 以外にも新しい健康被害が生じるかもしれない。
さらにニコチンはタバコ依存症を引き起こす依存性物質であり、脳の発達を傷害する物質としても知られている。一酸化炭素は酸素より赤血球中のヘモグロビンと強く結合するため、組織の酸素濃度を低下させ、虚血性心疾患との原因にもなっている。ベンゼンやホルムアルデヒドは国際がん研究センター(IARC)が発がん性がある物質として認定しており、タバコ発癌に大きく関わっている。タールにおいては加熱式タバコと紙巻きタバコでは総量は変わらない、との報告もある 3)。

先にも述べたように加熱式タバコの問題点は、上記の化学物質が紙巻きタバコよりも低容量であることが、あたかも「健康に良い」ように宣伝されていることであり、そもそもこれらの物質は検出されてはいけない、摂取することは健康に良くない、ということを積極的に宣伝していない事実である。「有害物質が紙巻きタバコと比べて減っている」と広告されていると、人は「病気が減る」「病気にならない」と誤解するのである。

新型タバコの発癌リスク

ここでタバコの発癌リスクについて整理しておきたい。タバコの発癌リスクは、受動喫煙および能動喫煙で喫煙本数に応じたリスクを評価する研究で明らかにされている 4)。この研究からタバコの煙へのわずかな暴露や1日1本の喫煙ですら発癌リスクは上昇し、喫煙本数が多いことよりも喫煙期間が長い方がよりリスクが高くなることが明らかになっている。よって「有害物質が少ない」とする新型タバコは「リスクがない」のではなく、「発癌リスクは紙巻きタバコと変わらない」のが真実であるようだ。

「あなたはタバコを吸っていますか?」の落とし穴

歯周病治療において喫煙は治療抵抗因子の1つであることは異論ないところである。歯科医院受診時の問診票に「あなたはタバコを吸っていますか?」という項目がない歯科医院はないであろう。しかし「タバコ」の定義は患者に十分に理解されていないため、この問診が十分に生かされていない事実がある。Uchiyama ら 3)は加熱式タバコを吸っている16歳から72歳の男女8,583人にインターネット調査でアンケートした結果、紙巻きタバコを吸わず加熱式タバコを吸っている209名のうち20名、約10%は「タバコを吸っていますか?」の質問に「吸っていない」と答えていた。すなわち加熱式タバコを吸っている人のうち10%は、自身はタバコを吸っている認識がないのである。先にも述べたように世界的には新型タバコの中では電子タバコが主流で、加熱式タバコが普及しているのは日本を含め、一部の国である。イギリスでは電子タバコはタバコの扱いではなく、日本は米国 CDC の勧告に従い、電子タバコもタバコとして扱っている。このような現実から、問診時には「アイコス、プルーム・テック、グローといった加熱式タバコ」「ジュールやビタフルなどの電子タバコ」のように具体的な商品名を挙げてインタビューすることが望ましい。

終わりに−新型タバコ時代に医療者として思うこと−

タバコに健康被害があることを否定する医療者はいないであろう。特に新型タバコ時代となり、改正健康増進法が施行され、屋内禁煙の場所が増えてきたことは禁煙支援・禁煙指導を行う上で、望ましいことである。しかし加熱式タバコの使用者の30%程度の人は「タバコを吸えない場所で吸うため」、紙巻きタバコからスイッチしている。新型タバコの出現は、臭いや煙が強い紙巻きタバコから、有害物質が少なく、臭いも目立たなく、煙も篭りにくい加熱式タバコへ切り替える人が多くなっており、結果的にニコチン依存の状態が続いている、ということである。ニコチン依存があるため、継続的な嗜好者は減少せず、その結果、タバコ発癌患者は減少しないであろう、というのが我々の見立てである。歯科医療従事者には未だ多くに喫煙者がいると聞く。また、「加熱式タバコなら安全でしょ?」との発言も耳にする。私の大学の同窓会でも(屋内では禁煙なので紙巻きタバコは流石にもう吸わないが)新型タバコの懇親会中の使用を目にする。ファッションとして愛用者が多いことも理解できるが、医療従事者として、また患者に禁煙指導を行う立場として、新型タバコ、特に加熱式タバコの使用は控えるべきであると考える。「禁煙」とは新型タバコを含めて全てのタバコをやめ続けることである。
小生は日本口腔腫瘍学会の禁煙対策委員として活動していることから、このような執筆の機会をいただいた。この場をお借りして兵庫県歯科医師国民健康保険組合 理事長の重岡 潔先生にお礼申し上げる。

新型タバコ、特に加熱式タバコに関する注意喚起

 WHO 世界保健機関タバコ規制枠組み条約が2004年に発効して、その後地球規模で新型タバコが流行しはじめました。口の中で使用するガムタバコや加熱式タバコが世界に先駆けて日本で発売されました。2019年の国民健康・栄養調査によると、喫煙者の4人に1人が加熱式タバコを使用しています。このうち、約24%が紙巻きタバコとの併用者です。タバコ会社による広告やプロモーションは、さまざまな形で行われてきましたが、加熱式タバコは安全であると誤認させる事例もあることが指摘されています。そして、これまでは、一般市民に向けて行われていた広告ですが、2021年9月、第24回日本歯科医学会学術大会のオンラインでの開催期間中に、歯科医師向け新聞において、広告・プロモーション活動事例がみられました。

口腔9学会合同脱タバコ社会実現委員会では、国民の口腔と全身の健康を守る専門家として看過できない状況であると判断し、以下に、加熱式タバコ等新型タバコについての注意喚起情報を参加学会の会員の皆様に提供します。

1.加熱式タバコには多くの有害化学物質が含まれています。

加熱式タバコは、タバコの葉を加熱して発生させたエアロゾルを吸引するタバコ製品です。加熱式タバコのエアロゾルには、紙巻きタバコの煙と同様に、ニコチンや発がん性物質等の有害化学物質が含まれています。また、呼出されたエアロゾルにも発がん性物質が含まれています。

2.紙巻きタバコと比較して加熱式タバコの健康影響が少ないかどうかは明らかではありません。

加熱式タバコは市場に登場してからの歴史が浅いことから、長期的な健康影響については不明です。これは口腔への影響についても同様です。加熱式タバコの使用は、紙巻きタバコと比較して、ニコチン以外の主要な有害化学物質の曝露量は少なくなるかもしれません。しかし、有害化学物質の曝露に安全域というものはなく、現時点ではタバコ関連疾患のリスクが減る、すなわちハームリダクションに有効であるという科学的根拠はありません。タバコの葉を使用しない電子タバコは、加熱式タバコに先行して流行し、口腔をはじめとする健康被害の情報が蓄積されてきました。

3.加熱式タバコの使用は禁煙を阻害する可能性があります。

加熱式タバコには、紙巻きタバコとほぼ同量のニコチンが含まれています。したがって、紙巻きタバコから加熱式タバコに完全に切り替えたとしても、タバコへの依存が持続するため、禁煙することが困難になります。電子タバコでは禁煙の効果があるとする報告が一部にありますが、加熱式タバコは、そもそも、タバコ製品であるため、ニコチン依存の人の禁煙の意思を低下させて、喫煙の継続を長引かせることになります。ニコチンの長期曝露や新型タバコ使用による健康影響の研究情報は今後もお知らせする予定です。

2022年1月7日
口腔9学会合同脱タバコ社会実現委員会

日本顎顔面インプラント学会  日本口腔インプラント学会  日本口腔衛生学会
日本口腔外科学会       日本口腔腫瘍学会      日本口腔内科学会
日本歯周病学会        日本有病者歯科医療学会  日本臨床歯周病学会
(五十音順)

参考文献
1)中村正和, 田淵貴大, 尾崎米厚, 大和 浩, 欅田尚樹, 吉見逸郎, 片野田耕太, 加治正行, 揚松龍治:加熱式たばこ製品の使用実態, 健康影響, たばこ規制への影響とそれを踏まえた政策提言. 日本公衆衛生雑誌, 67(1): 3-14, 2020.
2)FDI World Dental Federation. FDI policy statement: The role of oral health practitioners in tobacco cessation. 2021. https://www.fdiworlddental.org/role-oral-health-practitioners-tobacco-cessation, Accessed for Dec 28, 2021
3)Nagao T, Fukuta J, Seto K, Saigo K, Hanioka T, Kurita K, Tonai I, Yamashiro M, Kusama M, Satomura K, Izumi Y, Mizutani K, Aoyama N, Tsumanuma Y, Imai Y, Ishigaki Y, Nikaido M, Yoshino H, Sugai T, Kawana H, Hamada S, Matsuo A, Miura K, on behalf of the Tobacco Cessation Intervention Study for Oral Diseases (TISOD): A national opinion study supports tobacco cessation by oral health professionals in Japan. Translational Research in Oral Oncology, 2:1–8, 2017.
4)Nagao T, Fukuta J, Hanioka T, Nakayama Y, Warnakulasuriya S, Sasaki T, Shiota M, Ohno K, Ishigaki Y, Satomura K, Hashimoto S, Goto M, Seto K: Tobacco Cessation Intervention Study for Oral Diseases: A multicentre tobacco cessation intervention study in the dental setting in Japan. International Dental Journal, S0020-6539(21)00040-X, 2021.
5)Nakayama Y, Mizutani K, Tsumanuma Y, Yoshino H, Aoyama N, Inagaki K, Morita M, Izumi Y, Murakami S, Yoshimura H, Matsuura T, Murakami T, Yamamoto M, Yoshinari N, Mezawa M, Ogata Y, Yoshimura A, Kono K, Maruyama K, Sato S, Sakagami R, Ito H, Numabe Y, Nikaido M, Hanioka T, Seto K, Fukuda J, Warnakulasuriya S, Nagao T: A multicenter prospective cohort study on the effect of smoking cessation on periodontal therapies in Japan. Journal of Oral Science, 63(1): 114-118, 2020.
6)World Health Organization. WHO report on the global tobacco epidemic, 2019: offer help to quit tobacco use. 2019. https://www.who.int/publications/i/item/9789241516204, Accessed for Dec 28, 2021

3)~5)は、口腔9学会合同脱タバコ社会実現委員会が実施した多施設共同禁煙介入研究の結果です。

参考文献

1)Tabuchi T et al. Heat-not-burn tobacco product use in Japan: its prevalence, predictors and perceived symptoms from exposure to secondhand heat-not-burn tobacco aerosol. Tob Control. 2018; 27(e1): e25-e33
2)内山茂久 加熱式タバコ, 電子タバコ等非燃焼式タバコから発生する化学物質の解析 ファルマシア 2020; 56(8) 729-732
3)Uchiyama S, Noguchi M, Takagi N, Hayashida H, Inaba Y, Ogura H, et al. Simple determination of gaseous and particulate compounds generated from heated tobacco products. Chem Res Toxicol 2018; 31(7): 585-93
4)Flanders WD, Lally CA, Zhu BP, Henley SL, Thun MJ. Lung cancer mortality in relation to age, duration of smoking, and daily cigarette comsumption: results from Cancer Prevention StudyⅡ. Cancer Res. 2003; 63(19): 6556-6562

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